家族が病気になって後遺症が残ってしまったのですが後遺症が残った状態での生活というのは思った以上に大変だと思いました。なぜなら後遺症が残った状態ではそこまで重篤な後遺症でなくてもかなり生活が大変だと思ったからです。また後遺症も必ずしも体に直接出るようなものばかりでなく普通よりも言葉が出にくいという症状もあってそのせいで一見して後遺症とは思えないような後遺症があってそのせいでさらに生活が大変だったというのがあります。事務長も別の人に代行させて対応するしかなく、特に本人さえもその事に気づいてない事があって実際にはかなりひどい後遺症があってもそれが後遺症のせいだと思ってないせいで上手く言葉が出ない事にイラついたりまた他の家族もその事に気づいてないせいで話している時に流ちょうに話せない事にイラついたりして家族の仲が険悪になる事がありました。これも病気の後遺症というのが分かっていればまた違った感じになっていたと思うのですがみんなそれが後遺症のせいだと思ってなかったせいでかなり生活に支障が出ました。日本は地震が多い国ですが、3.11の東日本大震災をはじめ、震度5クラスの地震がけっこう多いのが宮城県です。私はそんな宮城県の仙台市に住んでいます。震災から数年後、関東から引っ越して故郷の宮城県にUターンしてきましたが、関東に住んでいる間にすっかり緩んだ危機意識のために防災対策が不十分で、そのたびに家具を壊しては粗大ごみ処分を利用するという始末です。本棚は真っ二つになり、デスクはボロボロ。家電が壊れると痛い出費です。ただ、大きな地震も悪いことばかりではありません。日頃使わない家具家電などを漫然としまっているクローゼットも当たり前ながらめちゃくちゃになってしまいますので、否応なくすっかり荷物を引きづりだして片付けることになります。いつもらったか覚えていない結婚式の引き出物だったり、半分カビの生えたコーヒーセットだったり、出てくるわ出てくるわと、自分の貧乏性が呪わしく感じるほどです。古い家電などは不用品回収を利用したりして荷物を処分すると、クローゼットも広くなって気持ちよくなります。そんな光景を見て「今後は荷物はこまめに整理して、いらないものはすぐに捨てるようにしよう」と決心するのですが、気が付けば趣味品などですぐにいっぱいになってしまいます。